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Seasons 第10回
【更新!】初夏の花に誘われて。2008
2008.07.03
今年も梅雨のこの季節に、しっとりと、そして鮮やかに初夏を彩る花が咲き始めています。
毎年恒例となりました。テラピコットンがお勧めする、初夏の花を楽しむ小さな旅。
うっとおしい雨も、色鮮やかな初夏の花たちが、気分を晴れやかにしてくれます。
そんな、初夏の花を愛でに歩いてみませんか?「2008年初夏の花に誘われて」の最後にご紹介するのは、
世田谷にある、彦根藩・井伊氏の菩提寺である他、 「招き猫」のお寺としても知られている、「豪徳寺」です。「招き猫」の寺として有名な豪徳寺は、年末から年明けにかけて、願が成就したお礼として、数多くの招福猫児を奉納しにやってくる人たちで大賑わいになりますが、この時期は、さすがに人影はまばらになります。
世田谷線の宮の坂から歩いて5分ほどで、豪徳寺の総門にたどり着きます。
このところの梅雨空で、初夏の雨水をたっぷり含んだ境内は、苔の緑と、虹色のあじさいの花が、静寂の中で輝いて見えました。ちょうど、この日はこれから本格的にやってくる夏にむけて、多くの庭師の方が庭の木や草花の手入れの作業の日だったらしく、広い敷地の中に鋏の音が響きわたっていました。
また、その鋏の音に混じって色んな鳥の声も聞こえてきます。
このあたりは、都内でもめずらしい鳥たちが数多く飛来してくる場所だと言うことです。さて、そもそも「豪徳寺」とは。。。
招き猫の寺としての由来についてお話しましょう。
彦根藩二代目藩主・井伊直孝が鷹狩りの帰りに門前を通りかかると、手招きをする猫がいる。不審に思って寺に寄り、和尚の話を聞きながら渋茶など飲んでいると、一天にわかにかき曇り大変な雷雨になった。直孝はこの幸運を喜び、福を招く猫のいる寺としてこの寺を大事にし、井伊家の菩提寺としたのが豪徳寺の始まりだと伝えられています。
当時は弘徳庵という小さな庵だったらしいのですが、直孝の戒名を取って豪徳寺となり今に至っているそうです。「猫が耳の後ろを掻くと雨になる」という言い伝えがあるので、豪徳寺の猫も特別な猫ではなかったと思いますが、名もない寺を有名にしたという意味では「招福猫児」の名に値する招き猫であったことには間違いないでしょう。
圧倒されるようなアジサイの景色はないものの、ひっそりとした風情あるお寺のアジサイも、なかなか味わい深いものです。
アジサイの他にも、深い緑の庭を彩るように、ちょうど見頃を迎えた「アメリカデイゴ」(マメ科)の真っ赤な花が咲き、緑が美しい「ハウチワカエデ」にも、ほんのり赤い色をした実がついていました。
年末年始には見ることの出来ない、この時期の涼しげな景色の中、アジサイと共に
沢山の「招き猫」がお迎えしてくれます。ぜひ、お出かけしてみてはいかがでしょう。清澄庭園は東京の中心である中央区と隣接する江東区に位置しており、交通手段もいくつかのルートから選べる、都会の散策ポイントのひとつです。
園内に入ると、池の周りに遊歩道が設けられていて、各地から集められた名石、多層塔、中島等を廻りながら飽きることなく散歩が楽しめます。園内のいたるところに植えられたアジサイも見頃を迎え、庭園に彩を添えていました。しかし、なんと言っても、清澄庭園で今、一番の見所は花菖蒲です。庭園の一番奥に位置する花菖蒲園には、2つの花菖蒲田があります。東側と南側では、満開の時期が少し異なるようです。
早くに満開を迎える東側の花菖蒲田は、ちょうど見頃を迎えていました。園内の絶景ポイントのあちこちに、休憩スペースが設けてあります。
この日も多くの人たちがカメラを片手に景色を撮影したり、お茶を飲みながら、おしゃべりをしたり。いくつかの絶景ポイントでは、絵を描く人たちも数人見かけました。都心から近く、他の観光スポットも多く点在する地域だからでしょうか、美しい日本庭園に思わず声をあげる外国人観光客も大勢見かけられます。
もともと、この土地の一部は江戸の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡と伝えられています。その後、享保年間(1716~1736年)に、下総国関宿の城主・久世大和守の下屋敷となり、その頃にある程度庭園が形造られたそうです。明治11年、三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎氏が、荒廃していたこの邸地を買い取り、社員の慰安や貴賓を招待する場所として庭園造成を計画し、明治13年に「深川親睦園」を開園しました。弥太郎氏の亡きあとも造園工事は進められ、隅田川の水を引いた大泉水を造り、周囲には全国から取り寄せた名石を配して、明治の庭園を代表する「回遊式林泉庭園」が完成しました。
なお、大正12年の関東大震災のときには避難場所としての役割を果たし、多数の人命を救ったのだそうです。岩崎家では、こうした庭園の持つ防災機能を重視し、翌大正13年破損の少なかった東側半分を公園用地として東京市に寄付し、市ではこれを整備して昭和7年7月に公開しました。
また、昭和52年には、庭園の西側に隣接する敷地を開放公園として追加開園しました。ここには芝生広場、池と流れなどがあります。また、サクラの木が20本ほど植えられ、春のお花見の場となっています。なお、昭和54年には、東京都の名勝に指定されています。酒匂川の清流と緑と太陽に恵まれた自然豊かな開成町は、神奈川県で一番小さな町です。
箱根.丹沢の山々をバックに、田植えの終わった水田のあぜ道に、5000株ものアジサイが植えられており、それはそれは見事な風景です。もともと、農業振興地域だったこの地区は、水路や圃場が未整備だったため、農業従事者の合理化に支障をきたしていた為、昭和53年から58年までの間で、農村基盤総合整備事業が実施されました。
圃場整備のお陰で、水田をはじめ、田畑や農道や水路も整備されました。
しかし、施工前の自然の景観が失われ、味気ない風景となってしまいました。そこで、町の花「あじさい」を、農道や水路沿いに植え、今までのあじさいの名所にない風景を作り出すことを目的に、昭和58年から約一年がかりで5,000株のガクアジサイとセイヨウアジサイを植栽し、現在の「あじさいの里」と呼ばれ、多くの人たちに親しまれる場所となったのだそうです。
晴れた日には、富士山をバックに美しい田園風景と、鮮やかで色とりどりのアジサイの花が咲き誇り、まるで絵画のような風景が楽しめます。
毎年、この時期には「あじさい祭り」が開催されており、地元のボランティアの方々の
出店が並びます。
今年は6月7日~15日まで開催されます。
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